戸塚から江の島まで歩くⅡ

昨日、戸塚から江の島まで歩いたとき、見たもの、
寄ったところの感想などを書いてみた。

日常的にウォーキングしている場所やよく自転車で走っている場所なので、
歩く前は新たな発見があるのかは疑問だったけど、歩いてみると新たな発見があった。

東海道は藤沢宿の江戸見付を過ぎたところで右折して大鋸の広小路に出る、
説明版によれば、日本三大広小路だそうだ、

旧東海道を戸塚からきて、広小路の手前で右折、広小路の出口で左折、
境川を橋で越えるとすぐに右折、そこからは直進する、
東海道53次の中では「三曲がり」として有名だったらしい。

広小路の出口を東海道と逆側に曲がるとすぐに、
遊行寺の冠木門がある。

広小路の跡に建つ、ふじさわ宿交流館の藤沢宿のジオラマ。

境川の大鋸橋を渡り右折が旧東海道、左折が江の島の弁天様の参拝道、
そこに江の島一の鳥居が立っていたそうだ。

江の島一の鳥居が立っていたあたりの現代の地図。

境川の大鋸橋を渡った藤沢橋の交差点付近は現在国道457号線となっている。
藤沢橋の交差点から400m位進むと右斜めに進む道がある、
この道が江戸時代の江の島の参拝道だったそうだ。

国道から分かれた道を100m位進んだ左側にあるカレー屋さん、
食事にお勧め、量は多い。

参拝道は地下道で線路を超えている。
地下道の出口は藤沢駅南口ロータリー。
ロータリーに面している小田急デパートと三菱UFJに挟まれた東側の道が参拝道、
地下道の出口から真っすぐに道が伸びていたと
想像して進んでみるとわかるかもしれない。

砥上公園に道標とこの辺の地名、石上の由来を書いた説明書きがあった。

砥上公園から細い道を500m位進むとまた公園の
進んできた道に面した一角に道標がある、
参拝道はここで左折をして国道457号線を越える。

国道を越えるとまた境川の橋を渡る。
江戸時代以前、境川が蛇行していた関係で
湿地帯を避けていたのだろうと思う。
一の鳥居の有るところで境川の右岸に行き、またここで左岸に戻っている。

しばらく行くと、
”うまくらばし”という小川にかかる小さな橋がる、
Googlマップで見てもこの小川が出てっこない。
説明版によれば、
源頼朝が片瀬川に馬の鞍を架けて橋の代わりとしたことから
”馬鞍橋”という、ほかにも説が有るらしいが、
この小川は片瀬川というらしい。

頼朝が通ったという事は、
この道は鎌倉時代初期には使われていたという事か。

”うまくらばし”から100mくらい先ある新屋敷橋の信号機を
過ぎるとところどころに道標や社寺が表れて、
旧街道の雰囲気が感じられる。

新屋敷の信号から先、道の左側に古い洋風住宅が残っていた。

道標。

参拝道はこの道標の前を右折する。

道標から100mほどで再び国道457号線を越えると、
江ノ電の江の島駅がある。

江ノ電の駅から先の参拝道、急に観光客が増え、
両側に店を多くなる。

先に進むと海岸線を通る国道134号線に出る。
江の島に歩いていく場合は、
この手前で歩行者用のトンネルで国道をくぐっていく。

今日はここから境川を橋で渡り、
小田急線で藤沢まで戻り帰宅する。

写真の小田急線 江の島駅は建て替えの計画が有るらしい、
新しくできる駅も竜宮城をイメージしたものになるようだ。